それでは聴いてください

好きなことを書いて無理やり曲紹介する

好きでフリーターやってるわけじゃない

誕生日が来ると、最初の職場を辞めた日のことを思い出す。

職場を辞めたといっても私の雇用先は番組制作会社で、一つの配属先を“卒業した”というのが正しいのだけど、職場が変わるのだから“辞めた”も同然なわけで。

 

2月5日付で配属先の某番組を卒業することが急に決まり、8日に片づけと挨拶に行った。2月8日はたまたま私の誕生日でもあるので、あの日は「誕生日×職場卒業」というおめでたいのかおめでたくないのかよくわからないコラボが起きて印象的だった。夜に友人二人が誕生日会を開いてくれたのだが、おめでとうとおつかれさまを同時に言われてすごく意味深だった。

 

あの日、昼くらいに出社して、同僚のいる場所から少し離れた共同卓で挨拶メールを打っていたら、一番仲の良かった同期の女の子、Nが来た。珍しくダボッとしたトレーナーを着ていて、あれかな~昨日彼氏の家に泊まって彼氏の服借りたのかな~とか勝手な想像をしていたら、「フェイスブック交換しようや。」と言われた。ちょっとだけ寂しそうな言い方。“元”仲間になるんだな、と思った。一緒に先輩の悪口を言った日があった。私が泣きわめきながら上司に反抗するのを黙って見守ってくれた時があった。明日はロケに行くからこの仕事は今日やらなきゃと、どこか嬉しそうに文句を言うNに嫉妬したこともあった。なんでなんでと思った日が続いた。それはNだけでなく同期全員に対してもだけど、とにかく嫉妬した。なんでなんでなんで…と。ホワイトボードに書かれた人繰りのメモの中に、取材に赴いた同期の名前がいくつかあって、掃除を言い訳に跡が無くなるまで何度も消した。なんで私じゃないのと、こんなふうに簡単にライバルが消えればいいのにと思いながらゴシゴシ消した。でも嫌いじゃなかった。むしろ好きだった。私はロケになど行かせてもらえず、冴えない内勤ばかりで劣等感にまみれていたけれど、彼女にとって私は対等な“同期”という戦友であり、それ以上でも以下でもなく、私が勝手に卑屈になっていただけなのかもしれない。嫉妬してごめん、憎んだりしてごめん、嫌いじゃないんだ尊敬してるんだよ、と思いながら私は、「うん。」と答えた。

 

2ヶ月後、Nは私の初ライブに来てくれた。スクール主催のボーカルライブだ。最初に誘った時は、来るのか来ないのか微妙な反応で、「出たw大阪人の『行けたら行く』じゃん絶対来ないやつだ」と思っていたら前日に私の入り時間を尋ねてきて、「わかった。じゃあ適当に行くなぁ」と。私の場合、適当な時間に行こうとするとどうしても出遅れてしまい、更に道に迷うなど散々なことになるが、流石は仕事のできる彼女のこと、時間通りに到着して、動画まで撮ったそうな。よくできたADだよ。

自分の出番が終了した後、ドリンクカウンターの前でNの姿を見つけた。Nは、やけにこなれた様子でドリンクを片手に、関西訛りで「うまいな。」と言った。学生時代にバンドをやっていたというのは本当なんだなと、その振る舞いだけで実感した。べつに疑っていたわけではないのだけど。なるほど、こういう顔つきで楽器弾いてそうだなと。

同じ仕事をしていて、同じ音楽経験があるNの「うまいな」は、他の友人たちの「よかったよー」とは重みが違った。大げさに表現するなら、オリンピック金メダル選手が銀メダル選手を賞賛する時みたいな言い方だった。Nの担当はキーボードボーカルとギターボーカルらしい。つまり私と同じ、歌う人なのだ。あの言い方を聞いた時、私は仕事では完敗したけど音楽では対等になれたのかしらと思った。

ちなみに現在、Nは仕事の傍でバンド活動をしている。音楽の方向性も、持っている素質も全く違うものの、やっぱりライバルはいつまでもライバルだ。ブログも始めたと言うし。ただ、仕事をしながらの音楽活動は体力的にも精神的にもかなり厳しいことを私もよく知っているし、その点は頭が上がらない。

 

この出来過ぎたADガール、Nへこの曲を。

ドラマ『Nのために』主題歌、家入レオで「silly」

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あの後私は、一度別部署に異動したが、音楽活動に重きを置くために雇用元の制作会社を辞めた。現在は時給制の事務職に就いている。休みが取り易く、定時退社は当たり前。余った時間と体力は自身の活動に費やす。人並みに稼ぎながら活動に専念するという理想のスタイルは確立できたけれども、自分のツイッターを遡っていたときに見つけた、「辞めたらいまの仕事のこと1日に50回くらい思い出すんだろうな。」というAD時代の呟きは、たしかに現実になった。

 

 

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