それでは聴いてください

好きなことを書いて無理やり曲紹介する

過保護のカホコってブラジャー持ってなさそう

ドラマ『過保護のカホコ』におけるカホコの母、泉は典型的な支配型の毒親だ。

 毒親と一口に言っても、泉のように子供の自立を認めないタイプや、娘を女としてライバル視するタイプなど様々だが、どのタイプにも共通の「毒親あるある」が存在する。

それは、“年頃になってもブラジャーをつけさせない”というもの。

過保護のカホコ』で再現してみよう。

 

######

 

麦野くん「おいおいおいおいおい!お前なんだその小学生みたいな下着は!」

 

カホコ「え、だってママが、カホコは胸が小さいから普通のブラジャーつけなくていいって・・・」

 

麦野「あのな、貧乳でもブラジャーつけないと垂れるんだよ!だいたい、ちゃんとした下着身に着けさせないってそれ虐待だからな!まあ俺は親いないから自分でブリーフ買ったけどさ。とにかく、お前ももう大人なんだから下着くらい自分で買え。な?」

 

カホコ「うーん・・・そうだよね!カホコ自分でブラジャー買ってみる!でもママが・・・あっ!!」

 

麦野「ん?どうしたその顏は?また何か思いついたか?」

 

カホコ「ううん、何でもない。ちょっと待っててね。」

 

 

カホコ「あ、もしもしパパ?」

 

パパ「おう、どうしたカホコ。」

 

カホコ「あのね、2つお願いがあります。」

 

パパ「うん、なんだ?」

 

カホコ「1つめ、カホコにブラジャーを買ってください。」

 

パパ「お、おう・・・」

 

カホコ「2つめ、それとママには絶対に言わないでください。」

 

パパ「・・・よし!わかった!ママには内緒にしておく。」

 

 ~2日後~

ママ(カホコのブラを持って)「ねえカホコ。これどういうこと?」

 

カホコ「え・・・あ、あのね、カホコもそろそろ自分で下着買った方がいいかなーって。」

 

ママ「カホコにはブラジャーは必要ないって言ったよね?だいたいなんなのよ、こんな嫌らしい下着。いったい誰に見せるつもり?まさかまだ麦野君と会ってるんじゃないでしょうね?」

 

カホコ「会ってないよ。でもブラジャーつけないと胸が垂れるかもしれないから、ちゃんとしたのつけなきゃなって思って。」

 

ママ「カホコのそんなちっちゃい胸が垂れるわけないじゃない。それから、この付属のパンツだけど、あなた肌弱いんだからこんな化繊のパンツじゃ肌荒れるでしょ。もう・・・これはママが履くから。いいわね?」

 

カホコ「うるさいうるさいうるさい!!もう、カホコの意見聞いてくれないんだったら……

聴いてください、星野源で『Family Song』」

 

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ぶら下がり会見を「ぶら」って呼ぶのやめない?

某マスコミで働いていた頃。

(ほんの一時期しかいなかったくせにドヤ顔で語ってごめんなさい)

 

ぶら下がり会見が、「ぶら」と呼ばれていた。

実際、先輩2人のこんな会話に遭遇したことがある。

 

A「今日ってブラないの?」

B「ないよ」

A「え、そーなんだ。水曜日っていっつもブラないっけ?ないのか。」

 

ぶら。

 

 

冷静に聞けばとんでもない響きである。

 

しかし、常にどこよりも早く情報を発信しなければいけないマスコミ人間には、「ぶら下がり会見」などという、8音もの長いフレーズをフルで発音する時間も余裕もない。

 

 焦りは恥を忘れさせる。

追い込まれた上司は叫ぶのだ。

 

「ねえ!甘〇大臣のブラまだーー??」

 

安心してください届いてますよ元気なCカップです。

 

 

ちなみに、原稿入力システムのタイトルには文字数制限があるのだが、

「安〇総理のぶら下がり会見」

という内容を入力したい場合、最短フレーズは「安〇ぶら」

である。

 

 

やっぱりおかしいよ。

Hanna Montanaで、「Let's get crazy」

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ぶら下がり会見とは

正式な記者会見とは異なる場所で、記者が取材対象者を囲んで行う取材のこと。

「囲み取材」ともいう。(参考:コトバンクwikipedia)

担任「あした服装検査~顏!」

少し前に話題になった「地毛証明書」だが、似たようなものが私の通っていた高校にもあった。

 

母校では「頭髪届」と呼ばれていて、癖毛や地毛の明るい人だけでなく、入学前に染めたりパーマをかけたことのある人も対象になった。

多かったのはストレートパーマ・縮毛矯正で、申請を出すと、順調に取れているか定期的にチェックされていた。

中には、3年間ストパーをかけ続けて地毛と見せかけたり、毎日髪をコテで巻いて「天パです」と言い張る強者もいたけれど、正直に申請する方が多数派だったと思う。(※地毛だと言い張る生徒に頭髪届けを求めるか否かの基準は先生によって違った。)

 

我が母校は自称、「個性を大切にする学校」だったのでチリチリ天然パーマも、元から明るい地毛も、ぼさぼさの眉毛もすべて、“ありのままの個性”として大事にするというスタンスを取りつつ、標準から離れていると疑いをかけてくる、ちょっと恐い学校だった。

 

定期的に服装検査も行われた。検査は大きく2種類あり、一つは制服のしわなど服装面、もう一つは頭髪や眉などの顔面だった。

必ず、前週か前日に担任の先生から告知される。

 

「あした~服装検査!顔!

 

服装検査、顏。化粧禁止条例によりすっぴん状態で服装検査、顏

何を見られるのかは分かっていながらも、ブスとか言われたらどうしようと毎回怯えてしまう。が、むしろブスの方が褒められる空気ではあった。

 

チェック項目はたしか、頭髪眉毛だったと記憶している。うちの学校はとにかく、眉毛も頭髪も、元の形や素材を変えることが固く禁止されていた。みんな大好きヘアアイロンも使用禁止。(ヘアアイロンは休日でさえ使用禁止だったが、さすがにそれはだれも守っていなかった。)

ということで、「服装検査 顏」では以下の項目がチェックされた。

 

・前髪は目にかかっていないか、むやみに触角を出していないか

・眉毛を剃っていないか(※つながらないように真ん中だけは剃っていいらしい)

・髪を染めていないか、もしくは黒染めしていないか

・パーマorストレートパーマをかけていないか

ヘアアイロンを使っていないか

 

前髪というものは必ず丸みを帯びて浮いているものだが、服装検査では浮いた前髪を手で潰した際の長さがチェックされた。潰して目にかかる長さなら、カットするか、ヘアピンで留めることを命じられる。厳しい先生だと翌日または翌週に再度チェックする。当時は「オン眉」なんぞ流行っておらず、グレーゾーンの長さの生徒がとても多かった。今でいう、「ウザバング」に近い。

また、肩につく長さの髪は結ぶ規則になっていたのだが、むやみに触角を出すのは禁止だった。この年頃の女子は、髪をきっちり結んで顏のラインを出すことをとても嫌がり、前髪のサイドの髪、通称「触角」を出す傾向が強い。しかし服装検査のときだけは皆、触角をしまう。前髪を切り忘れた子は普段ゆるく付けているヘアピンを強める。クラスの大半の髪型が変わる。もう一目瞭然だ。一度、担任の先生(男性)がクラス全員の顔を見て笑いながら言ったことがある。

 

「あれえ?みなさんどなたですかぁ?クラス間違えちゃったかな~?」

 

暗黙の了解で、教師を含む誰もが気づかぬふりをしてきたことだった。女の教師だったらまず言わない。服装検査用の髪型で服装検査に挑むなんて、こんな茶番劇、何のためにやるんだろうかと常々疑問だったが、先生もそう思っていたのかもしれない。

 

 

この服装検査により、新たな冤罪が生まれたりもする。地毛が、ドがつくほどのストレートでサラサラな子は、ストパー容疑やヘアアイロン容疑をかけられる。「サラサラ過ぎておかしい!」と。“個性”を大事にするんじゃなかったのかよ!!

また、日焼けにより毛先が傷んで色が抜けていると「〇センチ切りなさい」と指示される場合もあった。

 

眉毛の方は、元々薄かったり、整っていたりすると、剃ったと見なされるリスクがあったが、こちらは頭髪ほどシビアではなかったと記憶している。私はけっこうな太眉で、派手にいじったこともあったが、元が太いため少し細くなったところで不自然さはなく、特に何も言われなかった。ある友人は、あまりにもボーボーなケジ眉で、別の意味でのナチュラルさを先生に苦笑いされたという。(何が“身だしなみを美しく”、だよ。ボーボーじゃ美しくねえよ!と当時思っていた。)

 

一方、本物の違反者もわずかだが存在した。休暇中などにこっそり髪を染め、黒染めして登校してくる猛者が学年に1人はいるのだが、この学校の先生はFBI並みに目が鋭いから黒染めは一発で見抜かれる。下される制裁、それは、「染めたところがなくなるまで切る」というもの。とはいえ、女子の丸刈りも禁止されているから、学校が許す範囲で少しずつ切っていくらしい。AKBかよ、と今になって思う。

 

 心の中の平井堅は言う、校則違反を「ソレデモシタイ」と。

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ちなみに髪型も決まっており、入学時のオリエンテーションで、「次の8通りのいずれかで結んでください」と書かれた紙を配られた。校則に関する話はキリがないので、別の記事でちょこちょこ紹介していく。

あの日飛び出したこの国と安倍が正しかったのにね

豊島ミホの『ハニィ、空が灼けているよ』という短編小説がある。現代の日本が戦争をしている設定になっており、巻末の解説では“架空”の物語だと言及されているが、この小説を収録した短編集「青空チェリー」(新潮社)が出版されてから10年以上が経過した現在、読み返してみるとただのフィクションだとは思えない。

有り得ない設定におけるリアルな描写がこの小説の魅力だが、近いうちにただの日常系小説と化してしまうのではないか、という一抹の不安が頭をよぎる。

 

2年前、SEALDsという学生団体が安保法案反対デモをしていた。

最初は彼らのことを「意識高いねーがんばってるねーww」と面白がっていたが、ふと冷静になって考えてみたときに、たしかに戦争は嫌だなと思った。第二次世界大戦の頃とは時代が違うが、戦争が起きたら何らかの形で日常に支障が出るだろう。私たちは、少なくとも私は、便利な生活に慣れてしまっている。夏は涼しく、冬は暖かく過ごしたいし、お風呂は毎日入りたいし、好きな時に好きなものを食べたい。暇さえあればデータ通信料を気にせずにネットサーフィンやゲーム(ツムツムとスヌーピーパズル)やりたい。肌が弱いから月1で必ず皮膚科に行って塗り薬と保湿剤をもらいたい。

こういう日常が徐々に壊れ始めるだろう。どの程度かはわからないけども。

あくまで個人的な想像だが、3.11発生後の全国的な節電政策のようなことが、いくつも行われるのではないか。

 

そう考えるとむしろ、SEALDsを応援したくなった。戦争嫌だよね、戦争ができる法律なんて作ってほしくないよね、と。違憲だとかそんなことはただの口実で、単純に「戦争は嫌」というだけの、意識の高さのかけらもない思いが私の中にあった。

 

SEALDsに限らず、安保法案に反対していた人々の一部は私のように、「戦争は嫌」という個人的な感情が先行しながらも、そこに憲法9条の解釈の仕方に問題があるとか理由を後付けしていたのではないかと勝手ながら思う。

 

もちろんそうではなく、最初から論理的な理由しか持ち合わせていない人もいたかもしれない。しかしどうも、反対運動を見ていてると感情ばかりをぶつけているように思えて仕方ない。SEALDsメンバーのように若いと、更にその傾向が強くなる。ただSEALDsの上層部には高学歴な学生がいて、なまじ賢いから、自分の持っている知識や教養やそれらに対する見解などを述べて、感情論じゃなく、あたかも論理的に言っているかのように見せている。彼らの香ばしさはそういうところから生まれるのではないだろうか。

 

SEALDsは、安保法案が強制可決されてまもなく解散した(たしか)。

 

そして先月、新宿で大規模な安倍政権反対デモを見た。「共謀罪反対」とか、「こんな人たち」などと書かれたプラカードを掲げて様々な年齢の人たちが「あべはーやめろ!」と叫んでいた。

 デモ用の車に乗り、DJに合わせて「アベはーやめろっやめろっやめろっ♩」などとラップしている若者もいた。

 (デモの様子↓)

youtu.be

後で知ったが、元SEALDsメンバーも参加していたそうだ。ラップはおそらく彼らの名残だろう。

車が通り過ぎると若い見物人が「超ウケるー!サイコー!」と野次を飛ばしていた。

 

私はというと、ラップがかっこ良かったので、いいぞもっとやれ!と面白がっていた。

安倍政権には賛成でも反対でもないけれど、何百人もの人と団結して何かに反対する、叩くというのは楽しそうだと思ったからだ。その不謹慎な感情は、彼らが「安倍は辞めろっ」とストレートなセリフを発するのを見る度に強くなった。

 

デモというのは短い言葉しか言えないからだろうか、彼らからは安倍政権に反対する具体的な理由がほとんど聞こえなかった。行進が終わった後に別途演説をしていたようだが、行進だけを見るとただ感情をぶつけているだけにしか見えないのだ。

 

だからと言って反対派の人たちが間違っているとは思わない。

面白がって傍観している私は安倍政権を否定することも肯定することもできない。何が正しいのか分からないからである。社会の授業で習った程度の基本的な知識はある。安保法やテロ等準備罪を成立させた理由も理解はできる。どちらも、簡単に言えば国民を守るためだ。しかし、その裏に別の目的があるのではないかと疑ってしまう人が一定数いる。それが反対派だ。

「自衛の強化とか言ってほんとは戦争したいだけじゃないの?」とか、「テロの脅威云々じゃなくて国民を監視したいだけでしょ」とか、考えてしまう。ただそれらはあくまで主観的な、感情論に過ぎない。

 

安倍さんも人間だし、政治家一家の生まれだし、少なからずエゴはあるだろう。しかし国民を苦しめることは、自分の首を絞めることでもあるし、そこまでしてエゴを突き通すだろうか?

本当の事情はわからないが、強制可決をするあたり、焦っているようにも思える。近隣(特に北の方)は最近ずっとご機嫌斜めだし、日本が最早安全ではないと確信したからだろうか。だとしたら、何となく筋が通る気がする。

 

たしかに安倍さんは戦争したいかもしれない。国民を監視したいのかもしれない。

親友の経営する学校に獣医学部を新設するために手助けしたかもしれない。

違ったとしても、政治家なんて布団と同じで、叩けばいくらでも埃が出るだろう。

 

昨日とうとう、ミサイルでJアラートが鳴るまでになった。この状況で日本を動かせるのは、少なくとも今は安倍さんしかいない。安倍さんが一番総理大臣に相応しいとは言い切れないが、今は内輪で感情をぶつけ合っている場合じゃない。

 

もし安保法案が可決されず、無防備な状態のまま攻撃を受け、日本でもう暮らせなくなったとしたら、きっとこう思うだろう。

 

あの日飛び出したこの国と安倍が正しかったのにね

 

椎名林檎で、「正しい街」。

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青空チェリー (新潮文庫)

青空チェリー (新潮文庫)

 

 

【お知らせ】オリジナル曲の歌詞を掲載します

私が作詞作曲したオリジナル曲の歌詞を、このブログに掲載することにしました。

8月現在は以下の5曲を載せていますが、随時増やしていきます。

 

dj-juri.hatenablog.com

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観てもいない24時間テレビが私の就職を決めた夏

お題「夏の日の思い出」 - はてなブログ

 

就活をしていた頃、8月の終わりに内定が出た。あまりにも先が見えないので大学院に行こうと決めた矢先だった。

 

就職できなかったから大学院、なんていうとクズの極みでしかないが、もともと大学院進学を希望していたので、進路を戻しただけの話だ。

しかし、わざわざ研究期間中(バカンス)の教授にその旨をメールまでしたところで「やっぱり働きます」と言えば、教授を混乱させることになる。私の進路はこれまでにも二転三転していたのだ。

 

<大学3年秋>

「大学院進学します。」

実際、他大学大学院のパンフを取り寄せたり、自校の入学試験の過去問を購入していた。

 ↓

 

<大学3年冬>

「(大学院受かるか自信ないので)並行して就活もやります」

 ↓

 

<大学4年春>

いつのまにか本気モードで就活している。

「就職します」

 ↓

 

<大学4年夏>

「就職できそうにないし、大学院行きます」

そうだよやっぱり私はライターになりたいし、そのためには大学院行って教養を深めた方がいいよ。というのが表立った理由だったが、ライターになるにはあまりにも無知過ぎたので次の2年間で勉強をし直そうと思っていたのが実情だった。

そもそも学部生の間、私はろくに授業を聞いていなかった。高校までが厳しかったので、大学に入ってからは「勉強したら損」くらいに思っていたのだ。そのうえ就活を切り抜ける能力すら持ち合わせていなかった。すいませんけど大学院行きますわ。

私はカラオケで受付に延長連絡をするのと同じ程度の心持で、3年次に所属していたゼミの教授にメールで、院進学をすることと、先生の研究室に入りたいですとの旨を伝えた。

 

*2日後(たぶん)*

「えっとごめんなさいやっぱり就職…」

先日面接を受けてきた会社から選考結果のメールが届いていた。

また貴殿のご活躍をお祈り申しやがるのかと思ったけれども、就職をやめた(諦めた)自分には隣の家の喧嘩くらいどうでもよかった。

が、しかし。

 

このお祈りメール長くね?お経でも書いてあるのか?

 

“3次選考を免除し、内定を出させて頂くことになりました”

 

(あとで人事から聞いたが、もう一度面接に呼んでも私の評価が下がることはないだろうと判断し、早めに結果を出した方がお互いのためだということでこの時点で内定を出してくださったという。)

 

まじか・・・

 

教授また混乱させるじゃん。モラトリアム延長するって決めたじゃん。

 

希望外の金融や不動産だったら迷わずに内定を蹴ったと思う。しかし内定をくれたのは番組制作会社で、これは音楽や執筆活動以外で唯一やりたいと思える仕事ができる業界でもあった。規模は小さく、給料も決して高くないが、民放キー局の有名番組にばかり人を派遣している。それも私が一番好きな日本テレビがメイン。下手したら夢一個叶うぞ…

 

もしかしたら来年は24時間テレビを生で見れちゃったりする?!

 

でも大変だろうな。どうせ自分が表に出たくなっちゃってヤキモキしたりするんじゃないか?だったら大学院行って論文でも書いてた方がいいんじゃないか?

 

会社からの内定メールには「承諾します」とすぐに返信したが、内心断ることも考えていた。迷って大学のキャリアセンターにも相談しに行った。少なくとも10月1日までなら問題なく断れるそうだ。あと1か月検討できる。

 

気休めに、2ちゃんねるの「次の人が決めてくれるスレ」で、「就職するか進学するか」という書き込みもしてみた。次の人の答えは就職だった。まあそうだろうなと思った。

 

9月半ば、今からでは大学院入試の勉強は間に合わないと思ったのか、頭は就職する方向で固まっていた。悩みどころは内定先の待遇へと変わり、以前から利用していた就職支援サービス会社へ再び面談しに行ったり、そこで勧められた内定持ちの学生のみを対象にしたサービスに登録して、もっと給料の良い会社を探したりもした。

 

その結果出した答えは、

やっぱり24時間テレビ作ろう、だった。

「生で観よう!」ではなく、「作ろう」だった(気がする)

 

幼少期からあまりテレビを見せてもらえない家で育ち、大学生になっても自発的にリモコンを触る習慣すらなかった私が、まともに観たこともない24時間テレビに携わろうと思って就職を決めた。たしかに給料は良くないけれど、一人暮らしする予定がないから気にする必要もないと判断した。

 

この後はもう迷わなかった。

 

1日だけの研修は簡単な動画作りで、撮影編集は全く苦にならなかった。金融なんて行かなくてよかったと心から思った。小難しい専門用語ばかり聞かされる研修だったら耐えられなかっただろう。

 

それから、テレビを観る頻度を増やした。

テレビ業界で働くなら当たり前だが、番組のことをろくに知らないと、配属先候補との面談時に不利になるからである。人生で初めて、テレビを見ることが正当化された。

 

無事、希望の番組に配属されたが、24時間テレビには全く関わらなかった。手伝いとして駆り出されるスタッフもいるがそれは少数で、24時間テレビは私にとって、他部署の仕事でしかなかった。しかもテレビ局は巨大な組織なので、他部署というのは最早、別の職場みたいなものだ。

とはいえ、関わりたかったなーとは特に思わなかった。ただでさえ寝不足で疲弊していたのでむしろ安心したくらいだ。

 

内定をもらってからちょうど1年が経とうとしていた、8月の終わり。同期と仕事帰りに飲んだとき、こう言ったのを覚えている。

「あたしさ、働きたくないんだよね。印税で生きていきたい。」

化粧の取れかけたすっぴんみたいな顔でこんな台詞を言った自分を思い出すと恥ずかしいが、同期は否定も肯定もせずに、一瞬クスッと笑った。

 

同期のうち何人かは、長くいるつもりはないとか、東京オリンピックが終わったら辞めるとか、っていうかもう今すぐやめたいとか、事務職がいいとか言っていたくせに、今も私以外は全員健在だそうだ。強いなお前ら。尊敬するわ。

(そしてほんの少し羨ましい)

 

新しい仕事、やりたくない?

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やりたくない、よな。

辛くて辛くて死にそうでも、そこでしかできないことがあって、それを棄てるにはそれなりの覚悟が必要なんだろう。

むしろ9時5時の仕事の方が"Dirty work"なんだよな。

 

Austin Mahoneで、Dirty workでした。

 

【 追記】

ブルゾンちえみ様、完走おめでとうございます!!!

 

今度から「ちえ姐」って呼びたい。

<歌詞>8月の残像

乾いたアスファルト
水たまりの蜃気楼見せる

 

幻かもしれない
薄々気づいてはいたけど

 

近づくほど 遠ざかって行く

濡れてるように見せかけた
あの日の君を思い出す

真夏の太陽に置き去りにされる
この想い

 

嵐の後見たのは
水たまりの蜃気楼じゃない

 

幻ではないよと
何度も仄めかしていたけど

 

近付いても通り過ぎてく

嘘によく似た真実で
あの日のように誘い出す

 

まだ懲りない
だからただcall me now
眩し過ぎる光で
どうせなら焼き尽くして
そして偽りの雨で全て終わらせて

 

乾いたアスファルト
水たまりの蜃気楼見せる